*スペイン・ラテンアメリカに住むことになったきっかけ&体験談です。
以前、別の場所に投稿した記事をできるだけそのまま転載しています。留学・移住の参考になれば嬉しいです。
いよいよプレイボール。
期待もむなしく、
マウンドにいたのは野茂投手ではなく、
背の高いヒョロっとしたひとだった。
初めてのメジャーリーグ観戦
ファースト、セカンド、サード・・・ライト。
どこを見ても知らないひとばかり。
先発メンバー18人のうち、誰ひとり話したことがあるひとはいなかった。
スコアボードは、背番号だけしか書いていないし、
メンバー表を見ても、横文字ばかり。
日本で「仕事」として野球を見ることに慣れっこになっていた私は、
一度も取材したこともないひとたちのゲームを、
スコアブックも付けずに見ているのが、
退屈でならなかった。
「どうか早く終わりますように・・・」
始まって間もないのに、そんなことを思っていた。
どうもグラウンドに、集中できない。
退屈だから、ビールを買いに行く。
未成年と間違われる
すると、
「な~に!?子供がビールなんて!21歳以下には売れないわよ」
いくら本当の年齢を言っても信じてくれず、
IDを身に着けていなかった私に、
Concepciónという名のセニョーラは、
とうとう売ってくれなかったのである。
渋々、コカコーラとドジャードッグを手に、
どれくらい時間が流れたのだろうか。
あまりにも美しいプレーに身体が固まる
はたと気付いたときには、
私はスタンドで固まっていた、ような気がする。
それは、久々に感じた感覚だった-。
き、き、綺麗-。
「投げて、打って、走って、捕って」
という動きが、こんなに綺麗だなんて。
鳥肌がたった。
私は元々、ひとつひとつのプレーの美しさに誘われて、
スタジアムに通うようになった。
みんなが「つまらない試合」と言っていても、
綺麗なバックホームを見ることができるだけで、
じゅうぶん、幸せな気持ちになれる。
だけど、
仕事として試合を見るようになって、
しばらくその感覚を見失っていたような気がする。
忘れていたものを思い出した懐かしさ、
今までに感じたことのない何かを、もっともっと感じることできるのでは、、、
という期待。
それを同時に与えてくれたのが、
彼らだった。
気がつくと私は、
その時マウンドにいた、色黒のヒョロっとしたピッチャーと、
ライトを守っていた選手のプレーを見たくて、
いつも間にかドジャースの守備が、
待ち遠しくなっていた。
ラウル・モンデシーとラモン・マルティネス
メンバー表を見ると、そこには、
Ramón Martínez
そして、
Raúl Mondesí
と、書いてあった。
そういえば、
プロ野球ニュースで取材に行った、パンチ佐藤さんが、
「モンデシーの肩を、もんでし~」
とかなんとかダジャレを言ってたのを見て、笑えなかったな~(笑)
と、思い出した。
そして、
メンバー表の出身欄を見ると、
偶然にもふたりともアメリカ人ではなく、
ドミニカ共和国出身の選手だったのだ。
心は外国野球一色に
いったい、本当に、
あの頃の、努力と苦痛は何だったんだろう。
ラモンとモンデシー。
日本に帰ってからも、
何度も、何度も、
彼らのプレーが、蘇った。
あの夏以来、
私のプロフィールの趣味の欄には、
「海外の野球をみること」という一行が、
いとも簡単に付け足されたのだった。
あんなに受け付けなかった衛星放送のビデオを、
何度も繰り返して見た。
資料用に買って、
まだ一度も開けていなかった雑誌のページを、
片っ端から読みあさった。
安藤統男さんとご一緒した、
ラジオの録音テープを、引っ張り出してきて聴いた。
毎日、毎日、
アメリカに行くことばかり考えていた。
そして次の年は、
5月に、ロスアンゼルスとサンディエゴへ。
7月には、ロスアンゼルスとサンフランシスコへ、
出かけて行ったのだった。
(続く)
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